【前回の記事を読む】「部長」という言葉に、まんざらでもない気分の新任事業部長。しかし、彼が今後部下たちを退職へと追い込んでしまうことに…
野望の果てに
デスクの上の書類を整理してから、事業部長の新任の挨拶があるので会議室に集まるよう伝えようと小走りにフロアを回った。社員のほとんどは今日、着任することは薄々知っていたが、この時間帯になったことに多少の戸惑いがあった。
急な通知の上、事前に人物像等の前触れが支社長からも臨時代行者の芝田副支配人からも知らされていなかったからだ。
マリン営業部で社員に伝達した時は、普段から元気いっぱいの若手の青木から「塩見さん、日本人?」と聞いてきた。「そうです」とだけ事務的に答えた。
「前歴は聞いている? 何歳ぐらいの人?」と突っ込まれたが塩見は顔色一つ変えずに事務的に「申し訳ないけど私も先ほど会ったばかりで何も知らないのです」
「分かったよ」と青木はぶっきらぼうに言った後、「俺は日本人の上司は嫌いだね、日本人は自分に寄りそって来る人にえこひいきするからね、ちゃんと実力で判断してもらいたいね」
隣に座っていた青木と同期の高林が「そんなこと言っていいの? うちの三村部長が聞いたら勘違いするよ。今日は出かけているからいいけどね」
塩見は青木たちと話している時間がもったいないと思い、隣のドアを開けてマリン設計部を覗くと部員たちが黙々と製図版に向かって仕事をしていた。
設計部長の塚口と目があったので塩見は部長席の前まで行き、「本日着任された長谷川事業部長が皆に簡単な挨拶をしたいと言っていますので11時に会議室にお願いします」と伝えると「日本人だって! 塩見君も大変だね、日本人は公私の区別が難しくお付き合いに苦労するよ」
「心得ています。私は特別なことは考えていません、前任のスミスさんと同じように振る舞うだけです」
「頑張って」
「ハイ、ありがとうございます」と言い残し一礼してから今度は業務部の大河原部長の所へ行き、丁度在席していた部長に新任挨拶の件を伝えた。
大河原は「今度のボスは日本人か」と親指を上に立てておちょくって見せた。「当たりです」と塩見は頷いた。
そうすると、大河原は「これまで外国人のボスには英語で苦労したからね、その点だけは少しはやりやすいかね」と独り言のように言った。
塩見は大河原が頑固で堅物で融通が利かず、前任のスミスの時も外国人で上司でもある立場の人に対しても自分の信念を曲げてまでは迎合しないことを知っていたから、今度はどうなるか見ものだと心の中で想像していた。
そんなことを考えながら大河原に向かって
「11時に会議室に集まってくださいね」と伝えると、目元は笑っていたが「塩見さんはどんな印象を持ったの」