「正直、まだ挨拶程度の会話しかしてないですから、ただ外見は温和な感じですね。これから少し性格面をよく観察しておきます」

「新任挨拶を聞けば言葉の行間である程度性格が出るもんだよ。出来るだけ本人の近くで聞き漏らさぬようよく観察するよ。何事も最初が肝心だからね」

「大河原部長の観察力に期待しています。後ほど教えてください」

最後に食品機器部と産業機器部そして産業資材部が隣り合わせの部署に行き、塩見は少し大きめな声で必要事項を伝えた。

丁度、食品機器部の前澤と産業機器部の篠原部長もデスクで書類に目を通しているところだったので、塩見の声も伝わっていると解釈して、側にいた仲の良い事務職の玉井陽子に右手を振って「又ね」と言った。

窓の外は先ほどまでのガラス窓を濡らしていた雨も上がり西の空は明るくなっていた。

時計は10時45分を指していた。塩見は自分のデスクに戻り、一息ついた後、事務所入り口のメールボックスを覗きに行った。何枚かの書類が入っていたので右手で取り出し、すぐに左手に持ち替え、すぐにデスクに戻った。

長谷川部長宛ての社内便があったので差出人を確認すると、支社長直属の顧問、新堀二郎からだった。塩見は一瞬、新堀二郎とどんな関係性があるのか見当がつかなかったが、取敢えず社内便を届けるため部長室をノックした。

まもなく中から「どうぞ」と応答があったのでドアを開けて部屋に入った。そして「社内便です」と手渡した。

すると、長谷川から「来客との面談以外は部屋のドアは開けておいてください」との指示があり「分かりました」と言って下がった。

11時5分前頃には会議室に社員が集まり始めていた。ざわざわした雰囲気で所定の時刻が迫っていることを察知して、塩見は長谷川に「そろそろです」と声を掛けた。

長谷川はロッカーから上着を取り出し、鏡の前に立って身だしなみを確認し、最後に頭を両方の手の平で後方に撫でた、多分癖らしい仕草に見えた。塩見から見ても緊張している様子が目の瞬きを見て分かった。

長谷川が「何人位いるのかね?」「多分在席しているのは50名位だと思います、マリン営業部長の三村さんは外出中です」

「そうですか、じゃあ行きますか」と塩見を促し事業部長室と繋がっているドアから会議室に入った。

 

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