【前回の記事を読む】予想に反し、光る頭部の小柄な日本人…事業部長の赴任初日、本社英国から若手が送られてくるだろうと期待していたが…
野望の果てに
この時初めて塩見は新任の事業部長が長谷川であることを知った。支社長のシモンは長谷川と目を合わせて握手を交わし一言「今日からよろしくお願いします」とだけ言って塩見に対して日本語で「後はよろしくお願いします」と言い残して事務所を後にした。
塩見は長谷川に帽子掛けやロッカーを説明した。そして長谷川が事業部長の椅子に着席したのを見て改めて、「秘書の塩見裕子と申します。よろしくお願い申し上げます」と型通りの自己紹介をした。
塩見は「今、お茶をご用意しますのでしばらくの間、くつろいでいてください。ところで部長、お茶は熱いのがお好みですか、それともぬるめがいいですか?」と好みを聞いた。
長谷川は初めて聞く部長という言葉に、まんざらでもない気分になったが少し上気した面持ちで「出来ればぬるめにしてください」と初対面の会話らしく若い美人秘書に他人行儀な言葉遣いをして、
その後続けて「11時頃に事務所に在席しているスタッフを集めてくれませんか、新任の挨拶をしたいから。ところで各部門の部長さんたちはいますかね?」
「後ほど確認しておきます」
「不在であれば結構です。後日月次の定例会議でいずれ顔を合わせるから」
「承知しました」と言い、塩見は給湯室に向かった。
塩見は給湯室へ向かいながら先ほどエレベータホールで大事そうにハットを手に持っている意味が飲み込めた。
塩見は一人クスッと笑みを浮かべた。先ほど事業部長室に案内した時は少し緊張していたので、長谷川の顔をじっくり見なかったが、椅子に座ったときに頭部が光っていたことでハットが長谷川の大事な相棒であることを納得したのだ。