一方で、古参のマリン設計部長の塚口、マリン営業部長の三村、産業資材部長の内田などは表立った動きはせず、部下たちが仕入れてきた情報で当面十分だった。

古参の部長たちも新任の事業部長がどんな人物か気になっていたが部下たちの手前口には出さなかった。いずれ来るべくマネージメント会議で直接新任部長の長谷川の経営方針や人事政策を聞き出すことが出来ると思っていた。

塩見は給湯室から事業部長のために新調したコップにお茶を注ぎ、コップを10数秒廻して温度を調整して手に伝わるコップの温かさを感じ取り、自分で納得して、お盆に載せてゆっくりとした歩調で部屋に戻った。

コップは塩見が外国人か日本人か分からない段階で3日前に新橋の地下街で買い求めたもので、白地に赤い椿の花をあしらったものだった。事務所に戻った時、丁度、長谷川部長はデスクに置かれたカレンダーをめくりながら何かしら頷いていた。

「ぬるめのお茶です、お加減は如何でしょうか?」

部長がコップを右手に持って口元に運んだ。じっと所作を眺めていた塩見に対して顔を上げて「丁度いいですよ、ありがとう」と言った。長谷川は今日着任したばかりということもあり、秘書の塩見に対してどことなく他人行儀な言葉遣いだった。

多分塩見にしても同じで部長がどういう性格の持ち主か見定めていた。

塩見は一礼して自分のデスクに戻った。

 

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