「おいらは見ていたんだ。あの日、君(きみ)の弟は、死(し)んでしまったのかい?」
彼(かれ)はこたえた。
「マナ君(くん)だね。そうなんだ。ぼくがアベルを本当に殺(ころ)してしまったんだ。父さんや母さんがそのことを知ったら、ぼくのことを許(ゆる)してはくれないだろう。
だから、神(かみ)さまはぼくに旅(たび)に出るように言ったんだ。父さんや母さんだけじゃなくて、殺人者(さつじんしゃ)のぼくは、きっとみんなからも恨(うら)まれるだろう。だけど、神(かみ)さまが守(まも)ってくれるんだって…………
ぼくは、ここに来て気づいたんだ。大地が作物(さくもつ)を育(そだ)ててくれていたことや、ぼくのことを神(かみ)さまが見ていてくれたことや、アベルが本当に神(かみ)さまに感謝(かんしゃ)していたってことにもさ」
おいらは、たずねてみた。
「ところで、君(きみ)は今、幸(しあわ)せかい?」
彼(かれ)は、ほほえみながらこたえた。
「うん、神(かみ)さまは、ぼくにも息子(むすこ)を授(さず)けてくれたんだ。とっても手先の器用(きよう)な子で、農作業(のうさぎょう)をするのを助(たす)けてくれるような道具(どうぐ)を、色々と作ってくれるんだよ。『手なんて無(な)かったらよかった』なんて言っていたぼくなのに、本当に神(かみ)さまに感謝(かんしゃ)しているよ」
そう言った彼(かれ)の瞳(ひとみ)には、以前(いぜん)には無(な)かった光があったよ。
その時、神(かみ)さまからの最初(さいしょ)の言葉(ことば)をおいらは思い出した。
“人は、心から感謝(かんしゃ)することで、生きる力が強(つよ)くなるようにつくった”
おいらはまたとても眠(ねむ)くなって、寝(ね)てしまった。
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