彼(かれ)が青年に成長(せいちょう)したある日、おいらは、花びらに落ちる塩辛(しおから)い水滴(すいてき)で目覚(めざ)めた。カインが、泣きながら、おいらに言ったんだ。

「あんな弟なんて、いらないや。父さんも母さんも、神(かみ)さまでさえ、ぼくよりアベルの方が好(す)きなんだ。だって、あいつ、いつもニコニコしてさ、とっても楽しそうに、羊(ひつじ)の世話(せわ)をしているんだよ。だってさ、この仕事より、羊(ひつじ)を育(そだ)てる方が楽(らく)だし。

それに、ぼくがみんなの食べ物(もの)を作っているんだよ。家族(かぞく)の命(いのち)を守(まも)っているのは、ぼくの方なのに、父さんも母さんも、いつも、『神(かみ)さまに感謝(かんしゃ)しているアベルが〔正しい〕って言うんだ。きっと、あいつ、父さんや母さんや神(かみ)さまにほめられたくて、感謝(かんしゃ)しているふりをしているんだよ」

おいらは、心の中で、もう止められない何かを感(かん)じていたけど、何も言えなかった。

その日は、秋の空が透(す)き通るように青かった。おいらは見てしまったんだ。

カインがアベルの頭を石で殴(なぐ)ってしまったのを…………。

アベルの血(ち)が畑(はたけ)の中に引きこまれるように入っていくのを…………。

その日から、カインは、姿(すがた)を見せなくなった。

種子(たね)のおいらは冬の風の腕(うで)の中で、カインにまた会えることを祈っていたよ。そして、春になって、おいらが目覚(めざ)めた時、そこには、雑草(ざっそう)ばかりが生えている地を、一生懸命(いっしょうけんめい)に耕(たがや)す彼(かれ)の姿(すがた)があったんだ。おいらは、彼(かれ)に言ったよ。