引っ越しの多かった半生ですが、結婚後、千葉にある夫の実家に暫く住んでいました。木造一軒家で北側の狭い庭に山椒の木がありました。2015年の初夏の出来事ですが、塀からせり出した山椒を夫が切った後、切り落とした枝に揚羽蝶の蛹(さなぎ)があるのに気付き、蛹(さなぎ)のついた枝を玄関のバケツにさしておきました。

芋虫の庵(いほり)となりぬ山椒の木

毎日観察していると蛹(さなぎ)の中で成虫の形になるのが分かります。2週間ほど経った頃、朝起きて玄関へ行くと空(から)の蛹(さなぎ)の近くに揚羽蝶が止まっていました。

羽化直後、蝶は柔らかい羽を広げ飛ぶ準備をします。羽に体液が行き渡り硬化する為です。玄関のドアを開け放ち、飛び立つ瞬間を夫と二人で待ち受けました。

暁の羽干す蝶の静かなり

揚羽蝶舞い上がらむと羽ばたきぬ

揚羽蝶見送る親の心地して

枝の先端までササッと歩み寄り羽ばたくと、蝶は朝の空へ旅立っていきました。

「頑張って生きなさい、頑張って!」

夫が近くにいなければ私はそう叫んでいたかもしれません。

蝶にとっても生きていくのはたいへん、短い生涯の間に配偶者を見つけて子孫を残さなくてはいけません。胸がいっぱいになり、何を話して良いか分からず、私が、

「お礼も言わずに行ってしまったね」

と言うと夫は言いました。

「お礼を言うのはこちらの方でしょう、こんな経験をさせてもらって」

相手が年下でも、知らない人でも、人間でなくても「ありがとう」と言うと自分が謙虚にさせられます。

四 愛国心

「あなたは誰」と聞かれたら殆どの人は自分の名前を答えるでしょう。しかし考えてほしいのは、名前はあなたの一部であるという事です。

「他の言葉で自分を紹介して下さい」と言われたら自分の職業、学生なら学校名、国籍、性別、習い事、住所や経歴などを話すかもしれません。自分を自分にさせる要素の一つ、国籍について考えてみましょう。

『最後の授業』という話はアルフォンス・ドーデによって書かれました。プロシアとの戦争に敗れたフランスは講和条約としてアルザス・ロレーヌ地方をドイツに譲渡する事になり、フランス語で授業をするのは今日が最後、明日からドイツ語を話さなくてはなりません。

アメル先生は生徒達に言います、民族が奴隷となっても、その国語を持っているうちは、その牢獄の鍵を握っている様なものだから、フランス語を守り通して、決して忘れてはならないと。

「鳩までドイツ語で鳴かなければならないのかしら」

とドーデは想像します。そして、授業の終りに先生は、

「フランス万歳」

と大きく黒板に書いた、そんな話です。

 

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