【前回の記事を読む】池に映った自分の顔を見た瞬間、少年はすべてを悟った。片側は鬼の顔だった

鬼の夜ばなし2 鬼の獄卒 神様のお供えに手を出す
(『今昔物語』より)

ひとりの獄卒が地上へ向かうべく、地獄の門を潜り抜けようとしていた。

鬼は焦っていた。

「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」

あちらにけつまずき、こちらにぶつかり、あたふたあたふた。ザンバラ髪を振り乱し、赤いはずの顔は青ざめている。

「おい、またあいつだぜ」ふたりの門番は横目で顎をしゃくるだけ。声もかけなかった。

実はこの鬼、度々やらかす奴で、閻魔(えんま)様に落とされる雷は二度や三度ではない。その度に周りが受けるとばっちりは災害級だった。

「やれやれ」

門番ふたりは、嵐の予感に頭を振った。

鬼が焦っているのには訳があった。

針山に送るはずの亡者(もうじゃ)を血の池へ落としてしまい、あげく「針山より、ここに浸かっているほうが楽じゃ。ここでいい」とごねられる始末(この鬼はもともと気が弱く、そこを見透かされてのこと)。そんなひと悶着がようやく片付き、ホッとしたのもつかの間、次の仕事をすっかり忘れてしまっていたのだ。

「大変じゃ、急がねば、急がねば」

地獄の門から雲を操り大急ぎで飛び立ったが、向かう先が逆なのに気付いていなかった。

「あれれっ、なんかへんじゃが、まあいい。うん? こっちか?」

もう一度懐の書付を見直し、ようやく気が付いた。

「しまった。これはいけない。待て待て、焦るでない焦るでない。落ち着けワシ、落ち着けワシ」

あまりの慌てっぷりに雲から落ちかけたが、何とか持ち直した。

「ふっー、危ないところじゃった」 

ようやく目当ての場所に辿り着くと、今しもひとりの娘が息を引き取るところだった。