それ以上に一番屈辱的だった黒歴史は、鼓笛隊事件だった。幼稚園の頃に、なっなっなんとっ、鼓笛隊の花形パートである小太鼓に抜擢されたのだ。自分をとても誇らしく思えた。だがだが、ガビ~ン(表現が古いかも)……歩くと小太鼓が疎かになり、小太鼓を叩くと歩けないという状態。なんとも情けないどんくささだろう。

その結果、不本意ながら小太鼓から人気のない少しどんくさい華やかさに欠ける子たちが率いるチアリーダーチームに配属された。社会でいうところの、地方に左遷されたのだ。私は幼い時からプライドだけは高かったので、この人事異動はとても悔しかった。けれども、ここはカンナ様!

気持ちを切り替えて、チアリーダーチームの中では一番のキレッキレッダンスをしていたと今でも自負がある。この当時、私はまだ障害を持っていなかったが故に、シンプルな運動オンチの黒歴史だった。

そうだ!  今、思えばリズム感がなかったのかもしれない。いや、どちらにしても黒歴史に変わりはない。幸いなことに、この黒歴史時代は私の人生にはさほど影響を及ぼさなかった。

こんな楽しい普通の当たり前の日々を送っていた。しかし、健康優良児! だったのは、幼稚園の夏のお泊りキャンプに参加するまでだった。その日を境に楽しかった日々は音を立てて崩れ落ち、粉々になったのだ。私は、五歳の時に「若年性多関節リウマチ」と診断された。

診断された病名

夏に幼稚園でお泊りキャンプがあった。私は、祖母と水着やブランケットなどを用意し大きなリュックサックを背負って、まるで夢の国に行くかのようにワクワクと浮かれ気分でいたのを鮮明に覚えている。

残念なことに、お泊りキャンプで楽しく過ごせたのは、幼稚園に行く道中だけだった。その日の夕方には、担任の先生に、「しんどい」と伝えたのをはっきり記憶している。