【前回の記事を読む】満開の桜の下、心が読める少年は麻雀道具を抱えた少女と出会ってしまう
プロローグ 開花を待つ桜
もう暗いし諦めたほうがいいのでは。そう言おうと思ったが、夜深は開きかけた口を固く閉ざす。彼女のあまりにも真剣な横顔を見て気が引けたからだ。
「あっ、きみはもう帰っても大丈夫だよ、本当にありがとね」
建前や嫌味のつもりではなさそうだ。困っているはずなのにニコリと優しく微笑みかけられ、夜深は思い直す。
これまでの人生で他人の醜い部分を特技によってさんざん見てきた。感情と発言が真逆であったり、平気で噓を並べていたり、打算的であったり偽善的であったり、と。
最初は吐き気がして家族以外に信頼できる者など居ないと心が腐りもした。だが成長し人と接していくにつれ、だんだんとそれは人間としてごく普通のことであり、悪いことではないと思えるようになっていった。
けれど彼女からは、少なくともここまでの言動からはそんな負の感情が感じられなかった。漠然とではあるが、今まで出会ってきた人達と何かが違うように思えたのだ。
「いえ、俺も手伝いますよ」
「え、でも……」
「二人で捜したほうが早いでしょう?」
ぶっきらぼうに言いながらスマホを取り出しライト機能をタップする。ところがサイコロ探しは思いのほか難航し、いつまで経っても見つからない。とても小さなサイコロらしく、たとえ日中であっても見つけ出すのは困難なようだ。
捜し始めてから三〇分くらい経った頃、女子生徒が近寄ってきたのに気づき、通路脇の植栽の下を捜索していた夜深はそちらを見上げた。
「……もう遅いし帰ろっか、また明日捜せばいいよ」
困ったような笑顔が夜深を気遣う声と共に向けられる。
確かに早く帰りたいし、夜深からしたらサイコロなんてどうでもいい。だが、この女子生徒にとって大切なものであるのは嫌でも伝わってくる。彼女の振る舞いや雰囲気の中に、それが色濃く表れている。
このまま彼女の言葉を鵜呑みにして帰宅をしても、彼女は見つけるまで絶対に帰らないつもりだ。それが夜深にはわかってしまうのだ。本当に厄介な特技を身につけてしまったものだと思う。
「大切にしてるものなんでしょ、だったらちゃんと見つけるまで付き合いますよ」
夜深の返答に女子生徒は呆気に取られ驚いていたが、「うん」と面映い色と優しさの色が入り混じった面持ちで頷いた。
なんだか自分まで照れくさくなって、目を逸らすように植栽の下を再び探る。