プロローグ 開花を待つ桜
「ねぇ知ってる? 結崎(ゆいざき)くんって、人の心を読めるんだって」
「聞いた聞いた! トランプの数字とかマークを言い当てちゃうんだよね」
「そうそう。手品じゃなくて、本当にただ当てちゃうって」
「なんていうか……凄いよねー、読心術ってやつかなぁ」
「えーでもさぁ、なんかちょっと怖くない?」
「うーん、ちょっとだけね……心読まれちゃうんだもんね……」
教室を出る間際、二人組の女子生徒はそう言って話題の人物を一瞥し下校していった。
そこには侮蔑も悪意もなく、会話も一応はオブラートに包まれたものであった。
ただ、その内側からは明らかに対象人物を気味悪がる雰囲気が醸し出されてもいた。
おそらく、対象人物であった少年にしか気づくことのできない、些細なソレ。
「怖いと思ってるなら、話題にしなけりゃいいのに」
そもそも言葉を選ぶくらいなら声量にも配慮するべきだ、と少年は思う。
最後まで聞こえていないフリを貫くこちらの身にもなってほしい。
それに一番訴えたいのは――、
「別に心が読めるわけじゃないんだけどな」
結崎夜深(よみ)が小学生時代の思い出を問われて最初に浮かぶのが、そんな一〇秒程度のつまらないエピソードであった。だから中学生時代は同じ過ちを繰り返さないよう心掛け、そのちょっと特殊な特技を披露する日もついには迎えなかった。
「中学では上手く過ごして、ごくごく平凡でまあまあな生活を送れたけど……」
中学校生活では相手の顔色を窺ってばかりの毎日でもあった。
楽しかったエピソード以上に苦悩と疲労が甦ってくる。
残念なことに、そのちょっと特殊な特技は無意識下でも常に発揮されてしまうからだ。
だからこそ高校に入学してからは特技のことを何も気にせず、もし可能ならその特技を活かした上で、素の自分で居られる場所を見つけたいと望んでもいるのだ。
そしていつかは、他人と表面上だけではなく本当の意味で向き合えるようになりたい。
そういった条件が揃うのなら、高校では本気で部活に励んでみたいとも思っている。
そんな秘めたる期待を胸に、夜深は私立月峰(つきみね)高等学校の通学路を歩く。
少し前まではただの近所の道だったのが、これからは通学路という特別なものとなる。
時刻は八時。といっても午後の八時だ。
通学路となる前の最後の散歩であった。
見渡せば、まだ開花前の桜並木とそれをライトアップするのが目的で並んでいるかのような街路灯で、夜空が蕾に埋め尽くされている。あと一ヵ月もすれば満開となるだろう。
校門まで来たところで、その景観を視界いっぱいに眺めた。