月峰高校には少し風変りなところがある。その一つは敷地内にも沢山の桜が植えられていることだ。桜並木の通学路の先で幾重もの桜に囲われて佇む校舎とあって、満開シーズンにはこれまで新入生だけでなく多くの写真家や絵師、観光客を魅了してきたのだとか。
そんな満開の景色を思い浮かべるも、肌寒さに身震いし我に返った。まだ三月なのだ。
「……そろそろ帰るかな」
引き返そうとして、ふと、一人の女子生徒が視界の端に映った。
学生鞄を両腕で大事そうに抱えながらこちらの方向へ駆けてくる。
夜深は正面に居ては邪魔になると思い、道を譲るように門標側へ数歩移動した。
「なんでこんな寒い休日の夜に……」
自分のことは棚に上げ、独り言を呟(つぶや)き、女子生徒が通過するのを待つ。
目の前を通過する、その直前。関わるつもりのなかった夜深だったが、目についた意表を衝く文字を見て、思わず声を上げてしまった。
「えぇっ! 麻雀!?」
女子生徒が全身をビクンと揺らし、その場で急停止した。
その拍子に抱えていた学生鞄――ではなく、ケースが地面に落っこちる。続けてバケツに詰めた小石をぶちまけたような、ジャラジャラという盛大な音が響いた。
「ああぁーっ!」
女子生徒はこの世の終わりでも目にしたかのような悲鳴を上げた。
夜深は慌てて「す、すみません」と駆け寄り、一緒に飛び散った物を拾い集める。
「あ、えーっと……ありがとう?」
なんとなく腑に落ちていないようなお礼だった。
落としたのは彼女だが、その原因は夜深にあるので複雑な心境なのも仕方がない。
「いや、完全に俺のせいなんで」
自分の非を伝え、それから改めて散らばった物を一つ拾い上げる。
表側には赤色で「中」と刻まれていて、ほかの物にも様々な柄が刻まれていた。裏側のデザインは統一されていて、サイズは指先で摘まめるほどの大きさだ。
それは間違いなく麻雀の道具の一つで、牌というものだった。
学生鞄と勘違いしていたのは麻雀道具の収納ケースだったのだ。
ご丁寧にケースには達筆な文字体で「麻雀」と金色に刺繍もされている。
視界にあった道具を拾い終えると、女子生徒はしゃがんだまま中身を何度も確認した。
「麻雀牌に点棒に……うぅ、やっぱりサイコロだけ足りない」
項垂(うなだ)れながらもスマホを取り出し、ライト機能を使って周辺の捜索を再開する。
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