【前回の記事を読む】終身雇用が絶対的価値観をもっていた昭和末期、青年は女性税理士との出会いに導かれ“無頼”として生きる覚悟を決めた

回想 ―希望と挫折―

営業職哀歌

単位不足で卒業を危ぶまれたがなんとか卒業にこぎつけた新卒社員の裕三は、内定した損害保険会社の事前社員研修を終えると、不本意ながら大阪支店への配属を拝命した。

辞令一つで全国津々浦々飛ばされるのがサラリーマンの哀しい宿命なのだから本意も不本意もないのだが、不本意ながらと云うのは大学の卒業旅行で一緒に仲良くなり写真の交換を通じて交流があった早紀と遠く離れてしまうのを案じてだった。

春の桜満開のなか、多くの送迎者に見送られて期待に胸膨らまし赴任地を目指すフレッシュマンに交じって、暗鬱な表情で独り寂しく新幹線に揺られて大阪へ向かう。

地下鉄を乗り継いで辿り着いた新居となる独身寮は、阪急電鉄宝塚線沿いの閑静な住宅街にある質素な佇まいの清潔感ある鉄筋コンクリート造の比較的新しい二階建ての建物であった。

入寮した同期はひとりもおらず、したがって周りは単身赴任の年配者や独身でも先輩社員ばかりで食堂だろうが浴室だろうが、広い共同トイレでも惨めなほどに気が抜ける場所はなかった。

故意に遅い時間にずらしてひっそりと独り冷えた夕食をかきこもうとしようものなら、気を遣ってか寮母さんが気にかけて顔をだし世間話に興じる。

「彼女はいてはるん?」

「……」

「背~高いし顔もわるくないし、いてはるんやろ?」

「……」