【前回の記事を読む】太田はメダルを獲った“けど”…東京五輪で金メダルを獲るため、奔走する日本フェンシング協会。だが、予期せぬ事態が起こる。

兄貴としての役割 齊田 守

2020年3月24日、新型コロナウイルスの世界的大流行に伴い、東京五輪の一年延期が決定した

選手、スタッフにとって人生を揺るがす決定ではあったが、人命には代えられない。たとえ延期になろうと粛々と、今はできることをやっていくしかない。

不安を訴える選手に対しては「大丈夫だよ、できると信じて頑張れ」とハッパをかけたが、延期した一年も決して順風満帆ではなく、むしろ大会が近づくたびに次々見舞われる新たな事態や、世間からの五輪開催に対する逆風が吹くたび、齊田も心を痛めた。

「すごくね、悩まされました。本当にやっていいのか。僕もスポーツに携わる1人の人間として、簡単に正解は見つからなかった。こんなにコロナが猛威を振るう中、五輪に税金を使っていいのか、と言われたら誰も答えは出せない。

でもね、そういう時に選手たちの顔が浮かぶじゃないですか。ここまで本当に必死で、それこそ命をかける、人生をかけるじゃないけれど、この五輪という瞬間のために頑張ってきた選手たち、その1人1人にストーリーがある。

それを何とか成就させてあげたい、たとえ無観客でもいいから、とにかくやらせてほしい、やらせてあげたい、という気持ちだけでした」

海外からの観戦客を認めず、全会場が無観客開催。これまで必死で準備してきた組織委員会で働く加藤や、サービスマネージャー、テクニカルマネージャーとしてそれぞれの責務を果たす面々の顔が浮かび、どれほど無念か、と心が痛んだ。だがそれでも、いやだからこそ、前へ進まなければならない。

数えきれないほどの葛藤を繰り返しながらも迎えた7月23日、東京五輪、開幕の日を、齊田は祈るような思いで迎えた。