【前回の記事を読む】フェンシング大会で“FRA”のゼッケンをつけた日本人選手。フランス人より背は低かったが、実は欠点ではなく…

尽力した一人の外交官 和田 潔

最初は誘われ、何気なく始めたフェンシングを和田も楽しんでいた2017年、ストラスブールへ3人の日本人がやってきた。

当時の日本フェンシング協会会長であった星野正史と専務理事の齊田守、元フェンシング選手でFIE事務局に派遣されることになる森友紀。3人は、来る2020年に開催される東京五輪へ向けた日本でのフェンシング施設、環境づくりに向けた構想を練る参考として、クラブ「ストラスブール・エスクリーム」の元会長フレデリック・ピエトルスカを訪ねてやってきたのだ。

このピエトルスカ、実は1976年のモントリオール、1980年のモスクワ、1984年のロサンゼルスと3度の五輪に出場し、金1つ銅2つのメダルを獲得した元オリンピアンでメダリスト。引退後はフランス・フェンシング連盟の会長、FIEの事務局長を歴任したいわば、世界のフェンシングにおけるレジェンドとも呼ぶべき人。

東京五輪のフェンシング会場を幕張に決めたのも当時FIE事務局長だった彼の意向が大きかったという。しかしながら当時の和田にとっては地元クラブで出会っただけの好々爺。

ピエトルスカから「せっかく日本人が来るのだから」と紹介され、和田も対面する。地元での活動やクラブの施設を紹介し、「外務省職員」であることから、「私もそのうち日本へ帰ることになるので、その時は何かできることがあればお手伝いさせて頂ければ幸いです」

おそらく通常の場合は、このまま社交辞令のように終わってしまうことがほとんどだろう。だが、意外なほど早く、和田と日本フェンシングの縁が結ばれる。同じ年の10月に帰国すると、即座に齊田から連絡を受けた。

「和田さん、協会の東京2020対策委員会に参加してくれませんか?」

聞けば、東京五輪へ向けた準備が本格化する中、さまざまな分野におけるスペシャリストを日本から出さなければならない、と言う。

ボランティアなど人を動かすスタッフや、武器検査や会場整備などハード面を担う人材、運営を統括するDT等。五輪ではいくつかの役職で開催国枠が与えられ、DTにも開催国から1名の枠が割り当てられる。但しFIEは、開催国に適格者がいなければ経験を有し人材を擁する近隣国から該当者を指名すると言う。