【前回の記事を読む】「700万円」と書かれた高級ピアノ“スタインウェイ”で演奏し始めた妻。どうやら、「お試し」のつもりではなさそうで…

主題 ハ長調

みなとみらい

店を出ると街のひんやりした空気がのぼせた脳に心地良い。帰りはその足でランドマークタワーに戻った。家でも愛用している国産ピアノのフェアが開かれていて、ここでも和枝が試弾の時間をもらっていた。

このメーカーの、今家で使っている型よりひとつ大きいモデルを買おうと考えていて、特別仕様のものも含め五台の新品グランドピアノを弾く。

訪れる順序が後先になってしまったが、この日の一番の目的は、ショパン国際ピアノコンクールでも定評があり、進化を続けるこの国産メーカーのピアノの魅力を確かめることにあった。最初からここのピアノ以外は選択肢になかったのだが、フェアでの試弾予約の電話をした和枝に、ふと「スタインウェイってどんな感じなのかな」と廉が聞いた。

コンクールや演奏会の舞台で弾いている和枝が「そりゃ……、もう……。でもいくらするか知ってる?」。

話はそこで終わりかけたが、廉が「でも、ちょっと、音だけでも国産と聴き比べてみたいな」と粘ったため、この日の新高島ピアノサロン行きが実現していた。

そして国産ピアノフェアでもさすがに「極上」の音も聞こえてはきたが、小一時間前に数小節聴いただけでノックアウトされたスタインウェイの音色の余韻を上回るものはなかった。

大きなご褒美

こうして探し始めたグランドピアノ、これはそもそも和枝と廉の一人娘、この春に小学校に入学したばかりの遥に贈る大きなプレゼントだった。遥は四歳になると家の二階で鳴っているピアノに興味を示し始め、自然な流れでピアノ講師をしている和枝が教えるようになった。

ピアノを弾くことはもちろんだが、鍵盤に触れる前には、太っちょの小人とやせっぽちの小人が描かれたイラストカードを見せながら音の長さや拍の感覚を教えたり、カスタネットを叩かせて体全体でリズムを作る練習をしたり、とにかく毎晩二人でわいわいやっていた。