【前回の記事を読む】人とは道を分かれながら、孤独で寂しい道をいく。ゆく先はいつも真っ暗闇で、ゆき詰まりの恐怖には慣れることなく、それでも歩き続けることをやめない
序章 導き
ある日の診療室で
けれどせんせい、わたし、そのとき誤解していたわ。統合失調症についてわかっていなかった。自分が悪いんだって思っていた。まわりのみんなが、幻聴だ、妄想だって無闇に否定するから、それが悪いものだと思っていたわ。
だから、ずっと黙っていたの。決して自分に見えているほんとうの世界を話せはしなかったのよ。
ずっと黙っていたわ。わからないって言われるのが怖かった。その烙印を押されたら生きてゆけないと思っていたから。
でも違ったわ。世の多くの人はわからないことがあってはいけないと思って恐れるけれど、わからないことのほうが圧倒的に多いのがほんとうだわ。どうして多くの人は、わからないことを否定して目を瞑るのかしら。世界はわからないことで溢れているというのに。
わかるはずがないと思う。どう言葉に変えてよいのかわからないもの。どんなに言葉をつくしても、わたしに見えている世界をわかりっこないもの。
わたし、少し試してみたことがあるの。自分に見えている世界を話せるかどうかを。わからなかったわ。ほとんどの人がわからなかった。同じ病気を持っている仲間にだってわからなかったわ。だから、わかったの。わからないんだってことがわかったわ。
せんせい、わたし、統合失調症のことを誤解していたわ。幻聴や妄想が病源だと思っていたわ。それが悪玉だって勘違いしていた。まわりの人が否定するから。
でも、違うってわかったの。幻聴や妄想は、本人独自の体験を言葉足らずに表現してしまっているだけだわ。話を聞くまわりの人にその経験がないから、うまく文脈を伝えられないんだと思うの。わからないことを、まわりのみんなは、なぜ否定できるのかしら。
あなたが見ているのではないのです。わたしが見ているのです。自分がおわかりにならないからって、どうして人の話も聞かずに安易に否定できるのでしょう。