「涼子……」
妻の名を呼び、より強く彼女の手を握りしめるが沈黙という答えしか返ってこない。事故が起きて数日が経つ。涼子の頭には幾重にも包帯が巻かれ、長く美しかった髪は見る影もなかった。
他に目立った外傷はなく、それが頭部の傷をより目立たせることに一役買ってしまっている。涼子をこんな目に遭わせた張本人は昏睡状態のまま、昨晩息を引き取った。
周囲から免許の返納を勧められながらも頑なに首を縦に振らず、ハンドルを握り続けた老人が憎くないわけがない。だがどれだけ恨み続けたところで、涼子が眼を覚ます保証はないのだ。
「母さんが事故に遭ったのは親父のせいだよ……」
康介はそばに居る息子の言葉に反論できなかった。涼介は事あるごとに康介と衝突し、なにかと涼子を頼ろうとする。自分の息子がマザコンになるのは男親としては複雑だ。こんなので将来親離れできるのだろうか。
「じゃあなんだ? 俺が代わりに轢かれれば良かったのか?」
「そこまで言ってないだろ。どうして母さんに行かせたんだって話だよ。タバコくらい通勤途中に買えよな」
「涼子がコンビニに行ったのは自分の意思だ。俺は頼んでなんかいない」
「嘘吐けよ。夕飯を作り終えてからわざわざ買い物に行くなんてどう考えてもおかしいじゃんか」
「あの日は大事な話があった。だからわざわざ定時で帰ったんだ。だがなかなか切り出せず、見かねた涼子はコンビニに行って時間を潰すからその間に頭を整理しておけと俺に言った。タバコを買うなんざ建前にしか過ぎない」
反論材料が見当たらなかったせいか、息子は備え付けのパイプ椅子に力なく座り込んだ。その姿はまるで仕事に疲れ果てたいつかの自分のようであり、それがまた腹立たしたかった。親子喧嘩の仲裁に入ってくれたのも、先の息子のような状態になった康介を癒してくれたのも、いつだって涼子だった。
次回更新は12月20日(土)、11時の予定です。
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