『あー、その……あれだ。副流煙のほうが体に悪いだろ』

『ねぇ、私も吸いたい』

『ダメだ。お前、まだ未成年だろ』

『もうすぐ誕生日だし、いいでしょ。どうせ八十年くらい生きるんだし、ほんの数ヶ月なんて誤差だよ誤差』

その後も何度か問答を繰り返したが、結局根負けした康介は一本差し出した。

『ちょっと待ってろ。ライターが――』

『ここにあるからいいよ』

ポケットからライターを取り出そうと視線を外した先に、まだ高校生だと言っても過言ではない幼い顔がある。それを認識するより前にタバコを咥えた涼子が、短くなった康介の火種にそれを押し付けた。

『お、一発でできた。シガレットキス一回やってみたかったんだよね』

『……お前な』

『東さんはやったことある?』

『……ない』

『じゃあ私が東さんの初めてを奪ったんだね。これでおあいこ』

その後、初めてタバコを吸ったという涼子は盛大にむせた。

『にっが……。タバコってみんなこんななの?』

『銘柄次第だ。初心者でも吸いやすいタバコだってある』

『ふぅん。たとえば?』

『そうだな……。ウィンストンとか』

『ウィンストンね。分かった。でも東さん、ちょっとは控えなよ?』

『……善処する』

苦い表情を浮かべた康介を見た涼子の目と口元は、ほんの数時間前に空で輝いていた三日月のように弧を描いていた。康介はあと五、六十年もこの笑顔が見られるのなら、それは幸福以外の何物でもないと信じていた。

涼子がアクセルとブレーキを踏み間違えた老人の車に轢かれるまでは。