【前回記事を読む】「私は死神です。」意味の分からないことを言い出した課長。ついてくるよう言われて、辿り着いたのは病院で…

Case: A 夫の選択

「時代に対応するだなんだ言って、実際は時代に後追いしてるだけだろう。そんな奴は大して稼げん。お隣さんの旦那なんて最たる例じゃないか。親から譲り受けた築何十年の家があるだけで、車はオンボロの中古ミニバン。スーツや私服は見るからに安物。唯一の趣味が子育てだってだけだろう。育休が取りやすいのも会社で大した役職に就いてないからだ」

康介は白米をかき込む。本当はこんな話などしたくない。もっと大事なことがあるのだ。だが涼子は今の話で気分を害したのか、湯飲みを叩きつけるように置いた。熱い茶が辺りに散らばり、涼子の手にも降りかかる。

「……火傷、するぞ」

「あなたはいつもそう」

「何がだ」

「そうやって自分の役目だけを果たしていればいいと思ってる。自分が努力して高い地位を手にしたから、そうじゃない周りの人たちを見下しても構わないとさえ思ってる。本当は涼ちゃんが生まれたのだって喜んでないくせに」

「そんなことはない」

「あるわよ。ある……」

「その証拠はどこにある」

「あなたはさっき、『涼介を妊娠した時』って言った。子どもができたことを喜んでたら『授かった』って言うのが普通じゃないの?」

泣き出しそうな涼子の顔を見て康介は箸を置いた。更年期障害という歳でもないのに涼子は感情の起伏が激しい。もう子どもではないのだから落ち着いてほしいと願うのは傲慢だろうか。まさか妊娠か授かったの違い程度でこうも責められるとは思わなかった。しかし時間は有限。金では買えない貴重なものだ。朝は特に。言い合っている時間などない。もう会社に行かなくては。

「ちょっとあなた……ご飯は?」

「今日はもういい」

「でも朝ごはんはしっかり摂らなくちゃ。元気だって出ないし、頭が回らないっていつも言ってたじゃない」

「コンビニで何か買うさ。一日くらい平気だ」

言いながら内心で後悔もしていた。今日くらいゆっくり話を聞けば良いじゃないか、と。