アル中の治療法はただ一つ、「飲まないこと」なのである。飲めば、またどこまでも飲んでしまう。それがアルコール依存症患者がもって生まれた性癖なのだ。入院したてには酒を断った禁断症状を和らげるための点滴を施される。
この姿が唯一、ここが病院だったと思い出させられる光景だろう。この時期が終わると、病室が変わる。
毎日、勉強会に出たり、陶芸や革細工、コーラスなどをしたり、グループカウンセリングに参加したりする。
勉強会とカウンセリングはわかるが、なぜ趣味のようなことを? と不思議がられるが、女性がお酒を飲む原因の一つに「手持ち無沙汰で」「何もすることがなくてつい」というのが意外に多いからだ。シラフでいる時間を楽しめるようにとの、これも教育である。
週に一度、横須賀のAAにも通う。アルコホーリクス・アノニマスの略で、直訳は「アルコール依存症患者の無名性」だが、団体名称らしく訳せば「無名なアルコール依存症患者たち」とでもなろうか。
要はアメリカ仕込みの断酒会である。断酒の道は厳しい。誘惑も多い。だから同じ道を歩む仲間と支え合うことが必要だというわけだ。
千里浜病院では、アル中治療の根幹にAAへの参加を位置づけていた。恵子はその存在を初めて知ったが、退院後、アメリカ映画を見ていて、パーティでソフトドリンクを注文する人が横から「AA?」と聞かれる場面を見た。
欧米ではAAの社会的認知度が高いようだ。 恵子は点滴期間を終えると、二つ隣の部屋に移った。八人部屋だが、ベッドが二つ空いていたのが恵子で一つ埋まり、空きは一つとなった。
六人の先輩たちは年齢も事情もさまざまだったが、一週間もすると、各自の人生模様がだいたいはわかった。グループカウンセリングで生い立ちやお酒にはまった経緯などを語り合うし、陶芸や革細工をしながら、夕食のあと消灯までの数時間、おしゃべりに花が咲くからである。さながら女子校の修学旅行だった。
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