【前回の記事を読む】「お母さんはおかしい」夕飯後、コンビニで買って公園で飲み、バレないよう空き缶を始末。味などわからない。誰かに止めてほしかった。
人生を失い、それでも女は這い上がれるか
恵子 その一
診察ですぐにアルコール依存症と診断され、三カ月の入院が決まった。職場の休職期間は残りわずか。三カ月入院すれば退職せざるをえない。この現実は辛かったが、何よりいま大事なのはアル中から抜け出すこと。このままでは出勤できないのだから、近々退職という結果は同じだった。
帰宅して荷物を準備する。入院は翌日からである。この時点では、恵子はアル中がどんな病気で、なぜ発症し、どう治療していくのか、さっぱりわからなかった。入院中、医師が講師となっての勉強会で徐々に理解していった。三カ月の講義を終了したのち、それらは恵子の胸にしっかりと刻まれた。
肝臓に課せられる負担は、γ-GTPの数値でわかる。入院時の恵子は二〇〇。女性の正常値の上限四五をはるかに超えている。男性の正常値は上限七五だが、アル中の者だと一〇〇〇にも及ぶ場合さえある。
酒に飲まれた者たち。男性患者は、たとえば一日にウイスキーを四本も五本も空けてしまう大酒飲みで、それを何年、何十年と続けるから、内臓がやられる。怖いのは脳細胞が壊れて機能が低下してしまうこと。痴呆となる。内臓疾患で早死にするか、痴呆で廃人となるか。いずれも哀れな末路だ。
女性は、肝臓のアルコール分解能力が男性より断然低く発症が早い。まだ内臓や脳がやられてしまう前にアル中になることが多いので、断酒さえできれば社会復帰の可能性も大きい。
アル中に効く薬はない。アル中治療の用語で「底をつく」状態になって初めて断酒への一歩が始まる。それまでは周りがいくら止めさせようとしてもたいていは無駄だ。
「底をつく」とは、社会生活が破綻すること。要するに朝からヘベレケで仕事も家事も何もできない。ただ酒を飲んでいるだけの状態になることである。このころには酒を一度にたくさん飲むと吐いてしまう。
だから少しずつすするようにして飲む。そんなにしてまで飲みたいのは、血中のアルコール濃度が下がると禁断症状が出るからだ。
いつでも一定のアルコールが入っている状態でないといられない。「底をつく」と職場からも家族からも見放され、経済的にも立ち行かなくなり、どうしようもなくなって病院の門をたたく。これが治療の第一歩である。
アル中に医療的にできることがないなら、なぜ入院か。ひたすら断酒の決意を固めさせるために、アルコールがどれほど人間の体に悪いものかを教育するためだ。