「もうすぐ、みんなが帰って来たらご紹介しますが、現在ここに滞在しているスタッフはドクターと私を含めて七人です。そのうちここに宿泊してる日本人は五人だけです。炊事と掃除、洗濯をしてくれるあのマリアの他に、通訳を兼ねた現地のスタッフが毎日何人か通いで来ています。
ドクターには専属の助手を付けるようにしましたから、彼女に何でも必要なことを言いつけて下さい」
「言葉は通じるのですか」
「みんな英語が話せますよ。ドクターは英会話の勉強も希望していると伺ってますが、助手のウェンディは大学で看護系の勉強をしていた娘で、綺麗な英語を話しますから、彼女から教えてもらえますよ。仕事がない日は一日中彼女と話すことも可能です。じゃあ、私はちょっとやらなければいけないことがあるので」
と言うとやおら立ち上がり、吉田はキッチンの陰になった奥の部屋に入って行ってしまった。
ソファーに残された木田は所在なく首を回して辺りを眺めやると、キッチンの奥の椅子に座ってマリアが鼻歌を歌いながらこちらの様子を窺(うかが)っているのが分かった。
何か言葉を掛けるべきなのだろうとは思ったが、何を話したらいいのか思いつかなかった。自分の英語力にも自信がなかったので、そのまま気づかぬ振りをして、傍らの小さな書架から日本語の表題が書かれた本を手に取ってみた。
『フィリピンの民族と文化』、『フィリピンの歴史』に並んで、『日本脱出。海外永住を考える』という本が並んでいたりする。手に取ってパラパラとページをめくってはみたが読む気にもなれず、そのまま本を書架へ戻すと、自分の荷物が未だ未整理だったことを思い出して立ち上がり、奥の自室へと向かった。