中学時代は生徒数が多く、成績表が壁に貼られたこともあり、生徒同士で競争してお互いに張り合いながら勉強していました。私は学年では成績上位でしたが、もっと勉強ができる秀才が何人もいました。

中学卒業後、半数は集団就職組で半数は進学組でしたので、中学以降は多くの同級生と違った人生を歩むことになりました。

私は経済的な理由で熊本市や本渡市内で下宿ができないために自宅から通える普通高校の分校へ進みました。今考えると高校時代は先生方との人間関係も深く、生涯を通しての友人もたくさんできました。

私の町にあった分校は天草諸島の小さな島からも多くの生徒が集まってきていましたので、多彩な人材が豊富にいたのです。先生方も大学を出たばかりの新任教師が多かったので年齢的に先輩のような関係でした。

高校時代は自由に過ごしていましたが、祖父母の面倒を見るか大学に進むか迷っていました。兄が既に同じ高校を卒業して夜間の大学に通っていましたので、三年時の夏休みに同級生と上京して新聞販売所に泊めてもらって新聞配達の経験をしました。

そして高校卒業後に上京しようとしたのですが、祖父母に反対されました。しかし、アルバイトして学費を稼いでから受験するつもりでいることを話して説得し、地元に戻り熊本の国立大学も受験することを条件に祖父母も仕方なく私の我儘を聞き入れてくれました。

育ててくれた祖父母の恩に報いるために、役場か農協か郵便局に勤めて一緒に暮らして親孝行するという選択もありましたが、私としてはどうしても上京して大学受験を目指したかったのです。

 

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