台風襲来
日本製紙山梨工場で働き始めた翌年、大きな台風が来た。一九五九(昭和三十四)年八月、駿河湾から上陸し猛烈な暴風雨で山梨県に絶大な被害を残した台風七号だ。
前日から風雨がだんだん強くなっていたその日の朝、同僚が私の家に迎えに来て、今日は台風で会社は休みになるだろうから、大武川の水が多くなっている様子を見に行こうと言った。日本製紙山梨工場の近くにも川は流れているが、大武川はその上流になる。
時折歩くのも困難な強い風が吹き、雨もますます激しくなり、体に叩きつけるように降り続けた。
工場の近くには、釜無川の支流となる大武川にかかる駒城橋があった。その橋の様子を見に行った。川辺に着くと、茶色く濁った水がゴオゴオと橋の上を超えて流れていた。私達が見ているほんの数分の間にもどんどん水かさが増し、橋が流されるのも時間の問題だと思った。
近くの民家数軒に水が流れ込んでいたが、その場にいた数名の人はどうすることもできないようだった。
もうすぐ氾濫する。大変だと思ったが、消防団もいなかった。とにかく危険をみんなに知らせようと思った。
近くの野本商店の前に火の見やぐらがあることを知っていたので、その場所に向かった。火の見やぐらには、周囲に危険を知らせるための鐘がついている。あの鐘を叩けば、みんな急いで避難しようと思うに違いない。
私は傘を捨て強風で揺れる火の見やぐらに登り、必死で鐘を鳴らした。柱につかまりながら鳴らしたが、強い風で振り落とされそうだった。雨はますます強くなり、大粒の雨の感触は、小石をぶつけられているようだった。