【前回記事を読む】来月東京から友達が信州に――しかし、肝心のホタルはまだ見つからない。そこでルリエは……

プロローグ

こうしてさらに十五分ほど石の上を渡り歩いたり、浅い流れに入ったりして上っていった。さすがに息が切れて、石の上に腰を下ろして休む。ポチも長い舌を出して、息を荒くしている。冷たい風が吹いてきて、汗がスーッと引いていく。

気持ちがよくなって、両足を流れにひたしたまま、石の上に仰向けになった。緑の梢を透かして、真っ青な空が見える。谷川のせせらぎと、木々が風に揺れる音以外何も聞こえてこない。何だか、緑の葉っぱや青い空に包み込まれてしまいそうな不思議な気持ちがして、ルリエはついうつらうつらしていた。

何かが頭の上をゆっくりと横切ったような気がして、目を開けた。黒っぽい羽に鮮やかな水色の模様のあるチョウが、流れの上をふわふわ飛び回っている。

(アオスジアゲハだ!)

あまりの美しさにルリエは目を見張った。ポチが吠えないように頭をなでてやり、息をひそめていた。アゲハチョウは辺りをひらひら舞うと、緑の木立の中へ消えていった。

「ポチ、あんなにきれいなチョウがいるんだから、きっとホタルもいるはずよね。もうちょっとだけ行ってみましょう」

ルリエはまた元気が出てきて、

「あと、ちょっとでホタルに会える。あとちょっと」

と、つぶやきながら、さらに上流へと足を進めた。

日が陰ってきた。時計を見ると、六時十五分を少し回っている。谷川を遡り始めて、四十分余りになる。

(六時半になったら引き返そう)

ルリエは転ばないように気をつけて、石の上を歩いていく。上流から、風に乗ってギンヤンマが五、六匹、すいすい飛んでくる。まるであいさつでもするように、ルリエの頭の上を飛び回り、今度は水面すれすれに飛行して、近くの石の上にとまる。

銀色に輝くトンボたちは、大きな目玉を動かしてこちらを見ている。ルリエは、思わずトンボに手を振った。ギンヤンマたちは羽を勢いよく上下させると、下流の方へ飛び去っていった。

「ポチ、やっぱり山は最高ね。リスもアゲハもギンヤンマも、みんなステキ! 今度はホタルに会えそうな気がする」

ルリエは胸をときめかせて、先を急いだ。あと五分足らずで、六時半になってしまう。清流が急な上りになってきて、もうこれ以上は進んでいけそうにない。

「ポチ、ここが限界ね。おじいちゃんやおばあちゃんに心配かけるといけないから、暗くなる前に急いで帰りましょう」

口笛でポチを呼び、引き返していった。

ルリエはすべらないように用心しながら、速足で下っていく。賢いポチが一緒だし、道に迷う心配もないから不安はないが、何とか明るいうちに家へ着きたかった。