【前回の記事を読む】「死体が出てきたんだってな」——被害者は笹が生い茂る中で空を見上げるようにして倒れていた。身元を特定する物は見つからず…
2
そんな状況の中でようやく被害者の身元が特定されたのは、遺体が発見された二月十二日から約二週間半が経過した三月二日木曜日のことだった。被害者の名前は加藤瞭(かとうりょう)、大阪府豊中(とよなか)市に住む三十歳の会社員だった。
警察が調べたところ、加藤の実家は岐阜県大垣(おおがき)市にあり、両親は饅頭屋『甘味庵(かんみあん)』を営んでいるということだった。どうやら、大垣市の銘菓である水まんじゅうの老舗らしい。
両親によれば被害者はまめな性格で、一週間に少なくとも一回は母親の携帯に電話をしてきて、他愛のない話で一時間以上も通話していたという。話好きな母親は息子からの電話を楽しみにしていたらしい。
そのため、「DNA鑑定と指紋照合の結果、被害者は息子さんの加藤瞭さんで間違いありません。誠にご愁傷様です。心よりお悔やみ申し上げます」と大阪府警捜査一課の事件担当刑事から応接室で告げられた時には、母親の加藤美加(みか)は膝をがくんと折ってその場で泣き崩れてしまった。
夫の加藤正秀(まさひで)は、おいおいと泣き続ける妻を何かから守ろうとするかのように、彼女の肩に腕を回して優しく抱き寄せていた。そんな彼の頬からも涙が滴っていた。
被害者の身元特定までに時間がかかったのは、行方不明者届の提出が警察が動き出した時点ではまだされていなかったからだった。被害者の母親によれば、毎週少なくとも一回は息子から電話がかかってくるにもかかわらず、二月の第三週目には息子からの電話はなかった。
美加はそのことを夫に言うと、
「瞭ももう三十だぞ。いつまでも母親なんかに電話してくるわけないだろ」
と笑われた。美加は一抹の寂しさを感じながらも、それもそうかなと思ってやり過ごした。しかし、その翌週も息子からの電話はなかった。息子は大阪市内の会社でシステムエンジニアをしており、多忙な毎日を送っていると知っていたので、美加は極力自分からは電話をしないようにしていたが、この時は電話をせずにはいられなかった。
どうせ「ああ母さん。ごめんごめん。忙しかったんだ」と笑いながら言う息子の声が聞こえてくるのを期待していたが、彼女の予想はことごとく裏切られた。一度目に通じなかったので、その後何度も何度も電話をしたが、とうとう息子が電話に出ることはなかったという。その夕方、彼女は夫と相談した上で二人で最寄りの大垣警察署に出向き、行方不明者届を出したのだった。
以上が、加藤夫婦がこれまでの経緯として大阪府警捜査一課の刑事たちに話した内容である。