毎年ほんの少しアップするパート単価は、今年は据え置きという告知を受けたばかりだった。息子の仕送りのため、削れるところは現状ほとんどない。

プランターの家庭菜園、嗜好品のコーヒーは買うのをやめ、肉は半額セールの時間を狙って行く。

同じような人が増えているのか、半額セールも競争が激化していて、早めに行ってスーパーをぐるぐる回っていたりする。でも、そんな小さな努力だけではどうにもならなくなりつつあった。

時期的なこともあるのか、物件案内所のそんなに広くはない待合いの座席はたくさんの人が腰掛けていて、立っている人すらいた。

学生連れの親子も若者もいて、各々が新しい生活に向かうため、何となく凛とした表情をしている。

番号のアナウンスがあって、手元の番号札と同じ番号の点灯した座席に向かうと、同じ年代ぐらいの女性が、不必要なくらいの笑顔を浮かべて私を迎えた。

私は一応、おおまかな希望の場所と広さを伝えた。女性が、ではこの辺りの物件が、と資料を広げたタイミングを見計らって、

「あの、あれって」

と、ここにきた時から眺めていた、目の前の白い壁に掲示されている表を指さした。そこには、物件の一覧と家賃が書かれていて、その額は驚くほど安くてとても魅力的だった。

すっと笑顔を消した女性は少し神妙な顔をして、あああれねえ、といって立ち上がった。そして、黒い薄手のファイルを手にして戻ってきた。

次回更新は11月23日(日)、11時の予定です。

 

👉『夜空の向日葵』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】突然死した妻の相手は誰だった?...自分の不倫はさておき、弔問客の中からやましい男を探し出す。

【注目記事】「俺をおいて逝くな…」厚い扉の先にいた妻は無数の管に繋がれていた…