新聞紙の下にあったのは電車のチョロQで、幼い頃息子のお気に入りで、失くしてしまいしょげていた。私はポケットからスマホを出すと、息子の電話番号を表示させた。しばらく見つめてから、再びスマホをポケットに入れた。
こんなことで電話してどうなるっていうんだろう。第一、今息子は運転中だ。私の中では大きな思い出だけれど、息子にとっては記憶の片隅にも残っていないかもしれない。
チョロQを手にして、すっかり広くなったその部屋で走らせてみた。勢いよく走り出した電車は、壁に激突して、ひっくり返ってこけた。
小さな息子が、チョロQを手にして、遊んでいる姿が浮かんだ。目から何かがこぼれそうになって、急いで上を向くと、開いていた窓から殺風景な家々のベランダが見えた。
そうだ引っ越そう、いらない部屋だってできたことだし。そう考えると、私は立ち上がった。
もともと、引っ越しをしたいとは考えていた。今のアパートは、築年数が古い割には家賃が高く、数年前に家賃が値上げされた時には、本当に出て行こうかと思ったけれど、引っ越し費用や手間を考えて思いとどまったことがあった。
今や息子は出て行き、使わない部屋がある。でも、もっと切実な問題があった。
これからは、息子のアパートの家賃、生活費、学費が肩にのしかかる。奨学金を受けてはいるし、息子もバイトで家賃くらいはまかなうと言ってくれているけれど、それを差し引いても理系は結構な金額だ。
面とむかっては言わないけれど、息子は就職のことも考えて、大学院にも行きたいと思っているだろう。