千恵はとても外見を気にする。ノーメイクで外出したところを見たことがない。

「どうせ、抜けるんだから、パパに植毛してみたら、いいね」

あまり笑い話になっていなかった。

抗がん剤の投与を開始し、二週間程度が経過した。副作用により、食欲減退、頭髪の脱毛が始まった。

家の中でもウィッグを付けていたため、脱毛しているかどうかよく分からないが、家中至るところに頭髪が散乱していた。白色系のリビングの床に落ちている頭髪を何度となく指で拾い上げた。

ある朝、千恵の体調が悪く、会社に行くのも躊躇するような状況だったが、一先ず出社した。メールで状態確認したが返信がないため、連絡せずに午後帰宅したところ、尼さんのような光景が目に入った。千恵はびっくりして毛糸の帽子をかぶり、

「帰ってくるなら連絡して!」

と、手酷く叱られた。千恵は、こんな自分の姿を誰にも見せたくなかったのだろう。夫である私にさえも。千恵は見栄っ張りの女性であった。

私が理髪店に行って、髪を短く切ってくると、いつも

「あっ、髪の毛切った、短くなった、でも私よりちょっと長い」と微笑んでいた。

「中学・高校時代はいつも坊主刈りだったから、別に坊主になることに抵抗はないよ。

そんなに喜んでくれるのなら、いっそ坊主にでもなってもいいけど」と笑って言い返した。

 

▶この話の続きを読む
抗がん剤の副作用で頭髪の脱毛に。ウイッグを付けるようになり、娘のママ友と会うのを避けるようになった妻

▶『千恵と僕の約束』連載を最初から読む
ある年の十一月中旬結婚前に妻とした「とある約束」。それは妻の気を引くためだった

『夢を叶えた、バツイチ香子と最強の恋男』にハマった人、必読!

番外編の連載企画も進行中!

👉「いくつになっても、恋は始まる。」──ときめきが止まらない“大人のラブストーリー”特集