【前回の記事を読む】清潔を誇る日本人がなぜ歯を失うのか 世界との差が広がる口腔崩壊の深刻な理由
はじめに
こうした違いを生み出しているのは、医療制度の根本的な設計と医療に対する社会的価値観の差です。もちろん、欧米型の医療には高額な自己負担や保険の制限など、経済的な課題も存在します。それゆえに「どちらが正しい」と言い切ることは難しいかもしれません。
医師と患者さんの関係は単なるサービスの提供者と消費者ではありません。お互いが心を開き、健康という共通の目標に向かって手を取り合えるような関係性が築けなければ、治療は表面的なものにとどまり、やがては多くの誤解や失望を生んでしまいます。
この本を書こうと思ったのは、読者の皆様に正しい知識を持って、賢く歯科医院を選んでいただきたいという一心からです。
これまでの日本の歯科医療には、患者さんの目に見えないところで多くの“危うさ”が潜んでいました。ほとんどの方が、それに気付かぬまま歯を削られ、抜かれ、そして失っていく――。その連鎖を私は何度も目の当たりにしてきました。残念ながらこうした現実は一般の患者さんにはほとんど伝わっていません。きっと本書を読まれて驚かれる方も少なくないでしょう。
しかし、これは誇張でもなく演出でもなく、紛れもなく「真実」です。歯はかけがえのない財産です。一度失えば、もう二度と元には戻りません。それほどまでに大切なものなのに、私たちは、その価値に気づく前に、多くの情報を知らされることなく判断を迫られてきたのです。そして、その結果、多くの市民、国民が損をしています。
私は無名の一開業医にすぎません。私のような小さな存在が発する声では、大きな医療の流れをすぐに変えることは難しいかもしれません。けれども、せめて私の診療室に来てくださる患者さんには「歯を守ることの意味」を少しでも伝えたい、伝えなければならない――との思いで、この本を書きました。
歯科医療の本質は歯を削ることではなく、歯を守ることにあります。読者の皆様がご自身の歯を大切に考え、正しい判断ができるようになることを心より願っております。
そして、何より、これからの人生を「自分の歯で噛める幸せ」と共に歩んでいかれることを歯科医師として心から願っています。