興奮も冷め現実に戻る由記子は、ある不安が頭を過った。死ぬと言った男は本当に死ぬだろうかと、それは男を利用したと言う罰の意識からか、それが何か分からないまま幾日かが過ぎていった。

一連の出来事は由記子に自分を守る為の教訓を教えた、嫌な思いをせず傷の付かない方法は、相手を信じてはいけない、都合の悪い事にはかかわらない、これが由記子にとって常套手段となった。心の奥に潜む憎しみの感情、本当は誰に向けられたのか、由記子は気づいているのだろうか。

古ぼけた部屋に広がるすえた臭いに、慣れる事などなく、ここを出るには夜の店で働くしかなかった。由記子が見つけた店は前の店より、ランクは落ちるが気取りがなく楽だった。

そして何よりもB子という友達ができたのだ。B子の気さくと言えば聞こえは良いが、ガハガハと所構わず笑うB子は、安キャバレーが似合いそうだった。過酷な自分の末路を他人事のように話すB子を、由記子は不思議そうに眺めていた。

店にB子の客が来ると、いつも由記子を呼ぶB子は、その夜も店が終わりに近づくと、お腹が空いたと客に甘えていた。B子の願いが叶い向かった先は、予想もしないオカマの店だった。

例えば金持ちの女やホステス帰りの女を、客とするホストの店より、だんぜん興味があった由記子に、どんなことが待っているのかと心が躍った。賑やかな場所を想像したが、入った狭い路地は意外なほど静かで、小さな店に灯りが点々とあった。

表とは違い店の中に響くのは、太い声だが妙に媚びたオネエ言葉の歓迎だった。彼らには日常会話なのだろう。しかし案の定B子が不機嫌な顔で、つまらなそうに店を見渡した時、素早く感知したのか、オネエ言葉の嫌味な反撃が始まった。

何故か笑って済ますしかないが、「ねえ、ブスの癖に気取る女って嫌よね」今気づいたように「あら! ここには居ないわよ」そう言って由記子にウインクをした。ふくれっ面をしたB子に、とどめとばかり放ったのは、オネエ言葉の妙な言い方は客に、なるほどと思わせるのか。

「あら嫌ね、本当のブスに、ブスだなんて言わないわよ」オネエのマスターは太い指を口元に添え、ホホホと笑った。お店は彼らの唯一と言える居場所なのだ。盾突く客には容赦はしないのか、やり方が奇妙に面白いのに、すっかり気に入った由記子だった。

 

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