【前回の記事を読む】ホステス達の目が一斉に変わった――誘った男に指名された瞬間、女は優越感に酔いしれた。その後何が起きるかも知らず……
花ことばを聞かせて
何日か過ぎたある日の電話の声に、由記子は驚きで声も出なかった。それは二度と会うことはない男の声だったのだ。固まる由記子の耳元で男が言った。「店に行ったら会ってくれるんだよね」と。
その時由記子は男に対して、躰が強ばり妙な怖さを感じた。男の言うことを聞かなければ何が起きるのか、恐怖を感じる由記子は、男との約束を守るしかないのか、仕方なく会った由記子に、思いもしない展開が待ち受けていた。
お互いの思いが違うまま、カフェのテーブルを挟み座るカップルに、天の神のいたずらか二人は今日で終わりとなる運命だった。由記子は喜ぶべきなのだが、その経緯は由記子にとって、不本意で腹だたしいものだった。
目の前に座る男の視線を避け、あらぬ方向を見る由記子に、「何故自分を見ないのか」と詰め寄る男、ふてくされ「そうしたかったから」と答える女。男の怒りは頂点に達したのか、突然平手打ちが由記子の頬に飛んだ。
何事かと振り向くカフェの客に、恥ずかしさから店を逃げ出した由記子。すると男は店の釣り銭も貰わず追いかけて来たのだ。運よくタクシーに乗った由記子を、叫びながら追いかける男を見たのか、走りかけたタクシーを止める運転手に、腹だたしさで悪態をついていた。
由記子の隣に座った男の、必死の言い訳が始まるが、そっぽを向き聞く耳などない由記子に、ようやく黙る男が憎しみの目で言った。「死んでやる」と。
最後まで煩わしい男に苦々しく思う由記子は、吐き捨てるように言った。「死にたければ死ねばいい」と。こんなふうに言える自分に驚きながらも、妙な感情の高ぶりが体中に溢れていった。
誰かを虐げるという行為が、魅力的に思える瞬間でもあった。悪い女に憧れる由記子の胸に、冷酷なくせに満面の笑顔が似合う、そんな女を自分に重ねる由記子は、うっとりと恍惚の表情を浮かべた。