【前回の記事を読む】「この辺はタクシー止まらないですよ」――電車も動いていない時間、女は知らない男の車に乗ってしまうが…

花ことばを聞かせて

何ヶ月か会うことのなかったKの、部屋のチャイムを押すとドアが開き、顔を見るなり「もう帰って来る」と慌てるKに、帰ってくるのが姉である訳がないのだ。涙声の女を遮るKが手に、持って来たのは洋酒の瓶だった。

Kは眉をひそめながらも優しい仕草で、女の手に酒瓶を渡すと、これで憂さでも晴らせとばかり、追い出しに掛かったのだ。Kの手を振り払い立ち去る女は、後悔と惨めさに震えていた。遊び人のKを知っていたはずなのに、慰めてくれるなどと思った自分が、哀れに思えて仕方がなかった。

深夜の沁み入る寒さに震え、虚ろな目をした女の名は由記子と言った。由記子は二十三歳の時地方の田舎町から、都会に出て来た。 

都会という街で何ヶ月だろうか、あっという間に僅かなお金は底を付いた。若いだけの、何の取り柄もない女が手っ取り早く、稼ぐ方法と言えば夜のホステスなのだ。甘い言葉で近寄る夜の男達に、騙されまいと身構え強さを見せるも、女が痛みを味わうのは、自分の無知と愚かさと弱さにあるのだ、と気づいているのだろうか……。

更なる二度の屈辱は由記子を、どうにでもなれという投げやりな気持ちに変えてゆく、そんな女を誘う飲み屋の灯りに、由記子は何の躊躇もなくドアを開けていた。

常連と思われる客が一人カウンターに肘を突いている。その奥に妖しげな灯りと赤茶けたソファが見えた。テーブルに酒を置いたボーイが、酔っている由記子を、心配そうに見ているのか、冷めた躰に心地の良い暖かさを感じた時、それは全てを忘れる瞬間だった。

一口ビールを飲んだ時だった。急に眠気が襲う由記子は赤いソファに、ゆっくりと倒れるように沈んでいった。それからの記憶が途絶え目覚めると、知らない男の部屋だったという、それが昨日起きた出来事の結末だ。