【前回の記事を読む】「店に行ったら会ってくれるんだよね」電話の声は二度と会わないはずの男。恐怖から仕方なく会った女に待ち受ける運命とは…

花ことばを聞かせて

隣のB子は顔を隠すように、配達の中華屋のメニューを、食い入るように見ていた。

ある日洋品店で女装した男性が、洋服を選んでいるのを見た時、意識するのは由記子の方だと気づいた。女装の男性は真剣に洋服を見ているだけで、たとえ由記子が側に来ても気にはしないだろう。

自分も他人も一緒なのだと、しかし彼の周りは違う雰囲気が漂っているのを、彼は全て知っているようだった。

ただ由記子には店が楽しければ良いと、次もオカマの店に行きたかったが、それからB子がオカマの店に誘う事はなかった。

由記子が新しい店に来て、五ヶ月が過ぎた頃B子が言った。「お店移ろうかと思っているの」何度も聞く言葉は本気にしていなかった。

理由は何と聞いても「うん、色々あってね」で終わる。今の店に来て二年ぐらいだと言うB子は、どこか由記子に似ている所があった。

我儘で自分勝手で、その日暮らしの所が似た者同士と言うべきか、由記子も店を辞めようと思っていた。客を店に呼べと言われても、誰一人客などいないのだから。

最初の約束と違うと言っても、店の責任者が聞く訳もないのだ。結局指名客のない由記子が、店を辞めるのは仕方がない事なのか、最後の夜も終わりロッカーの片付けをする、由記子の背中に聞こえたのはB子の声だった。

「ねえ、飲みにいかない」