住む、とは。忘れていた地理が次々によみがえる。両手の指十本を広げ、髪を掻き分け自分の頭蓋骨を力いっぱい掴んだ。

「いや。それがブローカーの都合で、何県って言ってたかなぁ。まぁ、アナタは知らなくていいさ」

「はぁ」

知ると、人生を取り戻せなくなる気がした。

「姉妹の母親は法定滞在限度を繰り返し、出入国する。姉妹が働く間のベビーシッターってことさ」

忘れていた社会制度が頭の中で蘇る。

「とにかく県外ですね?」

物理的距離だけは知りたかった。

「ああ。各地に外国人労働者のブローカーが、いろんな国、職業別に無数にあるんだ。その国から来た賢い男や女が小規模経営してる。製造業の盛んな地域は特にね。夜勤が必要なのに、少子化でどこも人手不足、半端ないでしょ。

人手不足は製造業だけじゃないけど。農業地域には後継者の結婚相手専門ブローカーもある。そのタイプは、私が知ってる範囲じゃ四川省からの花嫁紹介だ。そうやって生まれる子どもは、相続する農地で農作物を作ってくれるのかなぁ。離農は世界的問題だからなぁ」

出発ロビーは近かった。

ロビーのベンチに座ると、コイチは島でのことを打ち明けた。

「点が結び付いたよ」

所長が手を打った。

「まだ私には納得できません。さっき言ってた子どもの国籍とどういう関係が?」

雇い主という男との会話がコイチの社会を少しずつ連れ戻す。

「外国人労働者は原則、期間限定、家族帯同はできない。けど親が日本人なら、子も日本人だ。ウチの子と同じ」

「はぁ」

「すごい勢いで少子化が進んでるっていうけどさ、インターナショナルチルドレンのおかげで地域活性なんだよ。二十パーセント外国籍の公立小学校とか、ざらにあるんだ。都会の人には見えないけどね。その数字には、アナタの赤ちゃんとそのイトコみたいなケースは含まれてない」

コイチに深刻な知識が突然、戻ってきた。このためだけに生きている、と感じる野性の瞬間がもたらす帰結。

次回更新は11月2日(日)、20時の予定です。

 

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