二人ともボクたちよりはずいぶん若い。まだ元気でエネルギーが有り余っているから時々派手にやり合う。マサヲはおっとりとした気の優しい犬だから、夫婦喧嘩のたびにハラハラしながら見ているのだろう。
そう思いながらマサヲの言葉を伝えた。その言葉を、何か、他人事のように聞いていた友人は一瞬戸惑った表情を浮かべ、すぐには返す言葉が見つからない様子で、やがて、何となく話を逸らした。
二人ともマサヲのことは本当に可愛がっていた。死んで十年以上経った今でもまだマサヲの夢を見るという。彼らにとってマサヲの死はどれだけ時間が経っても癒やされがたい悲しみに違いない。
しかし、何年も前に死んだ犬の話だ。突然、あの世とこの世の境にいるマサヲがこんなことを言っている、あんなことを言っているなどと言われても俄には信じられない話だろう。
本人たちにしてみれば半信半疑だろうし、ましてや夫婦間の話だ。他人には立ち入れない領域でもある。そう思うとやはり無力感があった。
絵を描くことは半ば強制的にゾーンに入る感覚に近いから、集中して描いているときは目に見えない何かと繋がっても不思議はない。描いている対象によっては描いているものと繋がってしまうこともある。
それが肉体を離れた存在で、この世に思いを残しているものたちであれば尚更のことである。このあたりから、ボクは肉体を離れたものを描くことにひどくストレスを感じるようになった。そして、描かなくなった。
実は、マサヲに頼まれたことはもう一つある。
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