二〇〇四年 孝一@ジャングル
ゲリラが十人ほど、銃口を向けながら密林の隙間から突然、現れた。熱帯の巨大な蝶が守護神のようにゲリラのまわりを舞う。顔にも手にも、地味な緑の塗料が塗られている。表情が見えないのが余計に不気味だ。全く足音がしない。下草が茂った中を移動しているのに。
冷静さを保てる自分に驚いた。アパートで鉢合わせた「さとくん」の方が迫力あった。目の前の六人に目を凝らしてみれば、ゲリラというより山賊のようでもある。みな、若い。三人は十代前半くらいにしか見えない。
孝一は探し当てた女性と通訳兼ガイドと、三人で古い木の橋を渡ろうとしていた。
撃たない理由は白人でないからなんだろうか。後ろに小柄な女性がいるからだろうか。何にせよ楽観はできない。彼らの指がトリガーにかかっている。息子のために、死ぬわけにはいかない。必ず、息子のもとに戻る。
ジャングルの辺縁を示す大きな川へつながる支流にやっと辿り着いたのに。四週間どころか八週間もかかった。絶対に、費用は十倍で請求する。
孝一は両手を挙げ、戦意がないことを表す。
「マネー! マネー!」
孝一は両手を挙げたまま繰り返し後ろの女性に話しかけた。山賊に聞こえる腹の底からの大声で。
「ポォケット、ダァラァ」
山賊たちがゆっくりと接近する。相変わらず音を立てない。一人が橋を塞いだ。
クライアントの妻が、背後から腕を孝一の左腰ポケットに伸ばす。
全ての銃口がそこに集中する。彼女は腰ポケットの表面を撫で、銃が入っていないことをゲリラに示し、中からしわくちゃのドル紙幣を全て取り出した。
年長のリーダーがせかすかのように銃を近づけ、その銃口が腕を伸ばせば当たるところにまで来た。
彼女は握り締めた世界基軸通貨を、孝一の背後から山賊たちに見せた。孝一は左腕をゆっくり現金に近づける。
紙幣を片手の指先だけで、できるだけ広げ、偽物ではないことを示すために一枚一枚、全員に見せながら銃口の持ち主に差し出した。
次回更新は10月26日(日)、20時の予定です。
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