急ブレーキの音と共に電車が通り過ぎる。

孝子は親の下敷きになっていた。

「お母さん、お、重い」

苦しい。こんなに体重あるの? 昔は痩せてたのに!

電車が止まろうとしている。運転手さんが母をどけてくれるだろう。

しかし、両腕で親の両肩を持ち上げようともがく娘に「たすけてくれてありがとうございました」と、親は平たいトーンで礼を述べながら立ち上がろうとした。

ふらつき、よりによって孝子の腹に膝をつき、そこに全体重を乗せて立ち上がった。

孝子に激痛が走り、液体が流れ出るのを感じた。

救急車を。疼く。

電車から誰か降りてくるはず。

しかし、高齢者が立ち上がったのを見たのか、運転手は停車を止めたらしい。

「お母さん」

絶え絶えに頼んだ。

「救急車、呼んで、お願い」

立ち上がった親は動こうとしない。

「誰か」

赤ちゃんが、

「呼んで」

赤ちゃんが、

「お母さん!」

電車は再びスピードを上げる。

桜吹雪が舞う。髪に降った花びらを一枚一枚、丁寧に取ってくれたあの指が、目の前にあったあの胸が、今はどこに。

あたりに誰かいないか、見回す。

誰も、いない。

孝子は意識が遠のくのを感じた。

こんなことになって、何の罰なんだろ? 私、そんなに悪いことをしてきた? そんなつもりないんだけど。

でも立ち上がらなきゃ、立ち上がれ! 目を開けて。

潮が満ちてくる砂浜で、孝一と寄り添う幻に覆われた。能天気に幸せだった。

次回更新は10月21日(火)、20時の予定です。

 

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