【前回記事を読む】映画に夢中だった高校時代。印象深く残っているのは「恍惚の人」――このテーマを取り上げた作家の先見性に脱帽
片想いだらけの青春
2 高校生活
高二の夏を過ぎた頃の悲しい思い出が一つ。
あるとき寝坊して、今日は始業時間に間に合わないとあきらめて停留所で電車を待っていたら、一級上の近所の女子高生Uさんに出会った。わが家から都電の駅までの途中に彼女の家があった。それからは時々学校には遅れても、朝彼女の顔を見るのが自分の元気付けになっていた。
来年になると彼女は卒業してしまって、もう会えなくなるのかなと思うと急に寂しい気持ちになり、ある朝彼女を見つけるなりデートを申し込もうと思い切って声をかけてみた。
「あの~」ところが次の言葉が出てこない。彼女は一瞬立ち止まってはくれたが、首をかしげて「はぁ」とけげんな表情をして時計に目をやり、「時間がないのでごめんなさい」と言葉を残して去っていった。そばかすのある色白のきれいな人だった。それが淡い初めての片想いだった。
何年かあとのある雨の日、仕事帰りに停留所でばったり彼女に出くわした。彼女は傘を持っていなかったので、歩み寄って呼びかけた。「よかったら入っていきませんか。帰り道が一緒なので」そこまで言って「ふぅ」とため息をついた。
あの時は失敗したけど、今度はちゃんと話せたぞ。それだけのことだったが、なぜか心は満たされていた。