「丈哉さん、少しいい?」
「ああ、何だ」
「私と、離婚したいの?」
「えっ? 何だ、それ」
「今日で三回目です。気が付かないとでも思った」
「何の事だよ」
「これ、見て! 私が言い出すのを待っていたの? 三回目だよ。ワイシャツの口紅、イヤリングの片方、香水の匂い」
「お付合いでスナックに行ったけど、何で口紅が、イヤリングが?」
「私が聞きたいわよ! フン」
「待って、岸君に聞いてみる」と電話をしている。
「岸君、遅くにすまない。僕のワイシャツに口紅がついたりイヤリングの片方が入ってたりしたんだ。どうして?……うん、そうか。彼は何課だ。この契約、取りやめだ。
卑怯なやり方がダメだ。僕をはめようとした事は失敗したな。僕の妻に不愉快な思いをさせたのが許せない。僕は妻にしか勃起しないんだ。アハハハハ」と。
「嫌ね~。部下に変な事言って」
「だって、そうだよ。分からないうちに弱みを握ろうとしている所が嫌いだ。信じてくれるな?」
「ごめんなさい。私も直ぐに聞けばよかったね」
「僕に目を付けられたら、怖いよ。僕は悪いと思ったら、徹底的にやる。卑劣なやり方ほど、許せない。取引は辞める」と怒っている。
安心した。私は正直、怖かった。離婚の二文字が……。
丈哉のいる三階堂。
「岸君、来てくれ」
「監査役、お疲れ様です。先週はびっくりしましたね」
「正々堂々と交渉するのは好きだが、卑怯なやり方は許せない。取引は辞めよう。ミサイヤ事務社は未来が無い。あんな幹部が居る限り。会社が可哀そうだ。社長に報告して、僕から彼に連絡する。岸君、担当大変だったでしょう」