後ろから声を掛けられ、驚いて振り向くと、ナースステーションに一夏が戻ってきたところだった。

「梨杏だ、梨杏が出た」

「えっ」

彼女の顔が恐怖に引き攣った時だった。カウンターの上のセントラルモニターのアラームがけたたましく鳴り響いた。

「四〇一号室石川嵐士心停止!」

一夏が鋭く叫んだ。遅れて彼女と一緒に夜勤していた小林看護師も駆け付けた。

「小林さん、先生に連絡してください!」

そう言うと一夏は四〇一号室に向かって走り出した。海智は彼女とは反対に北側の廊下に走り出した。北側の廊下を東側の端に向かうと非常階段の出入口があった。彼はドアノブに手を掛け、ガチャガチャと回してみたが鍵はしっかり掛かっていた。それを確認すると今度は元に引き返し、四〇二号室の前に立った。

暗い部屋のドアをゆっくりと開け、中に滑り込むとすぐにライトを点けた。部屋の奥のベッドには先日見たのと同じ通り、横たわる梨杏に人工呼吸器が律動的な音を繰り返しながら、規則正しく空気を送り込んでいた。ゆっくりと梨杏に近付いたが、先日見たのと全く変わりはない。

左前腕に繋がれている持続点滴用のチューブも三方活栓でしっかりと接続されている。彼には今眼下にいる梨杏と先程目撃した化け物が同一のものなのかどうか全く判別することができなかった。体を揺さぶって確かめてやろうと思い手を伸ばしたが、その痩せこけた肩を見ると、どうしてもそれはためらわれた。

彼は個室のトイレとバスのドアを開け、中を確認したが特に異状は見当たらなかった。白いロッカーの中も確認しようとしたが、こちらは鍵が掛かっていた。鍵は経子が持っているのだろう。扉を揺さぶってみたが、何の反応もなかった。

彼は諦めて四〇二号室を出て、四〇一号室に向かい、律動的で物々しい音が響く病室のドアを開けた。そこではベッドの右脇に立った一夏が真っ直ぐに二本の腕を伸ばし、重ねた青いゴム手袋の両手を横たわる石川嵐士の胸骨の上に乗せ、体重をかけて押したり戻したりして必死に心マッサージを行っているところだった。

次回更新は10月16日(木)、18時の予定です。

 

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