貴族の中でも三位以上は上達部(かんだちめ)と呼ばれる高級貴族である。為信はその下の四位に名を連ね、昇殿を許される殿上人(てんじょうびと)となったことは最高の名誉である。ましてや道長の姫君と結ばれたのだから、出世のスタートラインに立ったことを意識せざるを得なかった。

その目論見は見事に現実のものとなり、夢子が懐妊すると参議に名を連ねるまでに出世した。

道長は為信と夢子のためにこれまでより一回り大きい邸を夢子の邸の脇に建てて、そこを夢子と生まれてくる子の新居とさせた。

順風満帆の為信の人生に陰りが見えてきたのは娘の彩子(さいし)が歩き始める前だった。食事は普通に摂っているのに、日に日にやせ細ってきて遂には参内もままならなくなってきた。床に臥せった為信に甲斐甲斐しく世話をする夢子の目には、為信の頭の上の光が日に日に弱く小さくなっていくのが見えている。

夢子が為信の手を握り締めると、

「おお、気分が良いのぉ。そなたの手の温もりは骨身に染みる温かさだ」

為信は静かに目を閉じてそのまま息を引き取ってしまった。平安時代、貴族の女性の身の周りには僅かな人しかいなかった。親、乳母、女房くらいが普通であり、病弱だった夢子には親しくする知り合いなど全くいなかったせいでこれまで身近に亡くなった人は母親だけであった。そのため夫の死は大きなショックであった。

昔、夢子の床に現れた男の言った、

「人の命が尽きるのが分かる力を身に付けることになる」

という言葉の意味はこのことだったのだと分かった。頭の上に見えた光が弱く小さくなることが、命の尽きることを意味するのだとその時理解したのだ。そして夢子が握った手で為信が安らかに旅立ったのだと。

 

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