母は博昭が十四歳の時に首を吊って死んだ。施設の職員から母の死を告げられたときも博昭は泣かなかった。
悲しみと憎しみの感情をどう処理していいのかわからず、ただぼんやりと過ごした。その状態がひと夏続いた。
夏休みも終わりに近づいた頃、博昭は心の中から両親の思い出を消した。するとまた安心して眠れるようになった。それ以来、両親のことを思い出すことはなかった。
「真っ正面から愛を語ろうやないか」
また父が言った。博昭は目を瞑り、深く呼吸をした。記憶を呼び起こす。そして……。両親の記憶を細胞の隅々にまで染み渡らせる。
額の傷に指を当てた。父につけられた傷。鼻を触った。ひん曲がった鼻。息を吐き、目を開けた。部屋の空気が重くなった。
時間が止まる。大丈夫。きちんと話せる。博昭は言った。
「語りましょう。父さん」
次回更新は10月8日(水)、21時の予定です。
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