【前回の記事を読む】女性への恐怖と、限りない欲望…〈妊娠〉という現実が介入すると消えてしまう恋【フローベール作品を読み解く】

第二部フローベールにおける〈両性具有(androgyne アンドロジィヌ)〉の問題 ―『サラムボー』を読む  ―

2.フローベールにみる両性具有の夢

初期作品『11月』は前章で述べた二つの基本傾向が等分に表明され、加えて初めて意識的に両性具有の夢が語られた作品として重要である。

まず主人公の青年は日常の倦怠の日々の中で、波乱に富んだ生活、様々な恋を夢みる。〈20歳を超せば光と香りに満ちた世界が存在する〉事を期待する(フローベールの至福の世界は恋をはじめ多くの場合、この光と香りが介入してくる)。

そしてあれこれと情事を夢み、とりわけ結婚の埒外 (らちがい)にある女―それ故に一層女らしい女に心惹かれる。が、女の心の内を見抜こうとしても〈女は一つの魅力ある神秘〉に留まり、女にじっと見つめられると〈その煽情 (せんじょう)的眼差しの中に人間の意志を蕩(とろ)かすような何か宿命的なもの〉を感じ歓喜と同時に恐れもする。

彼が遠くから眺めて恋した女達は、綱渡りの芸人(その耳輪・首飾り・腕輪・金箔の衣裳・衣擦(きぬず)れの音に恍惚となる―それは後のサラムボーの肖像(portrait(ポルトレ))がいかに古くからの彼の夢を具現したものか示している)・女優・通りすがりの女性達だが、永遠の恋を求める彼をすぐ失望させてしまう。

書物等による女性への知識は、〈自分は一人前の男だ。心身ともに整った人間だ。いつか自分の女を持ってみせるぞ〉と自負し、最初は彼に男性の意識を目覚めさす。しかし日常の単調な繰り返し、将来への具体的目的がみつからないまま、想像・夢想に耽る時、奇妙な事が起こる。

「僕は出来る事なら帝王になって絶対的権力を握り、多数の奴隷を抱え、熱狂にかられる軍隊を持ってみたかった。又女になって美しくなりたいと願った。自分に見とれて裸体となって髪を踝 (くるぶし) の処まで垂らした姿を小川に写してみる事が出来ればいいと思った。」