変なこともあるものだと思いながら、先に書庫と書斎の掃除を済ませることにした。おおかた朝の散歩かジョギングでも始めたに違いない。だからそのうち戻るだろうと考えた。彼女にとって書庫の掃除は一番嫌な仕事だった。

なぜなら、光の全く入らないその場所はとても陰気だし、おまけに黴臭い匂いが一面に立ち込めていたからだ。

そんな中に長くいるだけで病気になりそうだった。 書庫の掃除を素早く済ませて書斎の前に立つと、彼女はドア越しに中の様子を窺った。何も聞こえなかったが、念のため扉を軽く二回ノックした。

返事がないのを確認すると、ノブを回して扉を内へ押し開いた。

外部に細い格子が縦に組まれた明るい窓が正面に見えている。そしてその窓の前に置かれた、重厚感のあるビクトリア調の大きい机の上に、主人が身体をあずけるように突っ伏して寝込んでいるのが目に入った。

あらあらご主人様、こんな所で寝込むなんて風邪をひきますよと言いながら近寄り、肩口に手をのせようとした家政婦は思わずぎょっとした。

いったん出した右手をあわてて引っ込めると、両手を口の前に合わせて大きく息を呑んだ。彼女が大声を発して部屋から飛び出したのは、ほとんどそれと同時だった。

数分後、救急車と警察官がほぼ同時にアパートに到着した。玄関ロビーで真っ青な顔をして、脅えきっていた家政婦の案内で彼らは書斎に入った。

老人は飴色に黒光りする紫檀で作られた大きい机の上に、両手と上半身をのせ、覆い被さるようにして死んでいたのだ。半ば開いていた右手には拳銃が握られ、その筒先は正面の窓の方へ向けられていた。