【前回の記事を読む】「僕ね、白川さんから返信が来るなんて思っていませんでした」「私だって、返事が来て会ってくれると知ってちょっと驚きました」

第一章   再会

「それが……」

茅根は妻が数年来、心臓サルコイドーシスという難病を患っていて、身体を使う運動とか旅行で飛行機に長く乗ることは控えるよう医師に言われている旨を話した。

「そうなんですか。奥様、お可哀そう。お大事にしてあげてくださいね」

白川は表情を曇らせた。白川はその後、自分の身体のことも話し出そうとしたように見えたが口を慎んだ。

「僕は家事の手伝い、料理をやったりスーパーへ買い出しに行ったりしています。今回の一人旅は妻からのプレゼントなのです。自由時間をくれたのです」

「奥様、お優しいですね」

窓の外は陽が差してきて明るくなった。

茅根はコーヒーを飲みほした。

「さて、そろそろ」

「はい」

「今度は僕が行ってみたいところでいいですか」

「はい。どこでしょうか」

「無鄰菴(むりんあん)です」

「冬の無鄰菴。行ってみたいですね」

「その前に昼食にしましょう」

中京区(なかぎょうく)の京寿司店に寄り、冬場のメニュー「蒸し寿司」を頼んだ。温かい酢飯の上に錦糸卵、かんぴょう、エビの具材がちりばめられ、中には穴子が隠れていた。

無鄰菴は明治の元老山縣有朋(やまがたありとも)の別荘で、左京区にある。庭園と母屋、洋館、茶室の建物が配置されていて、レンガ造りの洋館二階の一室では日露戦争開戦前の外交方針について山縣が伊藤博文らと歴史的な「無鄰菴会議」を行った。

庭園カフェで抹茶と干菓子を喫した。東山を借景にした広角な庭園は冬の穏やかな陽が差し、庭石の間を琵琶湖疎水から引き入れた清流が曲がりくねって流れていた。

白川は明日は用事があるということだった。

京都駅に来た二人は、駅構内の喫茶店で新幹線の時間待ちをしながら一休みした。

「茅根さんはこれからどうなさるんですか」

「大阪に住む同期の友人と会います。定年になったら一杯やりたいねと言い合っていたんです」

「長いお付き合いなんですね」

「白川さんと同じです」

白川ははにかんで俯いた。

のぞみがホームに滑り込んできて白川は振り向き言った。

「今日、お会いできて本当にうれしかったです」

白川は先に手を差し出し茅根を見つめた。茅根は胸にこみ上げてくるものを感じた。唇を震わせながら「お元気で」と発した。結んだ手はなかなか緩めることができなかった。

白川は乗車口に駆け込んでいった。ドアが閉まった。白川は動かずに茅根を見据えていた。のぞみが走り出し白川はドアの窓越しに手を小さく振っていた。