そのせいなのか、窓は常に開けられていた。網戸には埃が溜まっている。掃除が行き届いているとは言えない。健康体のまさ子でも、ここにいたら病気になってしまいそうだった。
U総合病院は、この地域の医療機関では昔から中心的な存在である。年を追うごとに診療科目も増え、診療棟・検査棟・入院棟が、次々と建て増しされていった。
ICUや外来の窓口は最新でも、奥まったところにある入院患者のための売店などは三畳ほどの別建ての小屋で、雨の日は軒からの雨だれがひどく、渡り廊下はビショビショになる。十年ほど前には救急センターも併設され、病院の敷地内はいよいよ複雑怪奇、迷路のようになっていた。
とはいえ、まさ子は建物の古い新しいや、使い勝手に文句があるわけではない。心配なのは、ばい菌だ。
脳外科では、頭蓋骨の一部を一時的に外して脳圧を下げることがある。ドレナージという、頭蓋骨内に挿したチューブを体の外に出して髄液を排出する方法もある。見渡せば、普通なら頭蓋骨という固い殻で外界からしっかりと守られていなければならない大切な脳が、非常に無防傭な状態に置かれている患者ばかりだ。
(それなのに、こんな不衛生な場所で大丈夫なのかしら……)
天井から雨漏りのように何かの液が滴り落ちてきた時は、背筋がゾッとして、気がつくとまさ子はベッドを動かして透から「液体」を遠ざけていた。
こうした病院への不信が決して自分の過度の被害妄想ではないことを、まさ子は兄・金山功の言葉で確信した。
金沢に住む功は、まさ子からの電話で透の容体を知ると、金沢からやってきた。
「兄さん、遠いところ、来てくれてありがとう」
「何言ってるんだ、当たり前だろ。それに、飛行機なら小松から羽田まで一時間ちょっとだよ。とにかく助かって何よりだ」
そう言ってリカバリー室に入っていった功だが、ベッドに横たわる甥の姿を見て涙ぐんだ。
「透、頑張れよ。子どもの頃、神童とか天才くんとか言われていたじゃないか。ちょっとくらい脳みそが少なくなっても、傷がついても、それでようやく普通の人間だ。頑張れよ、きっとよくなる」
手術後まだ意識が戻らない透に向かい、功は微笑みながら根気よく、何度もエールを送った。