夭逝の願い 藤原 基子

微睡(まどろ)む意識を強引に引き戻されて、一華は息を呑んだ。

耳の奥で、何百もの羽虫が蠢くようなノイズが響く。脳は冴えているのに身体が動かない。

また、金縛りだ。

金縛りは睡眠時の脳の誤作動だと、雑誌に書いてあった。思春期に多く、今の一華のように、硬直や耳鳴り、息苦しさの症状は良くあるのだと。

……では、部屋に現れる黒い靄は?

暗闇に目が慣れた時、黒い靄がいる事に気付いた。はじめはドアの前にいた。けれど、日を追う毎に少しずつ一華に近づき、今日はもう枕元まで来てしまった。

目も口もない。人の姿ですらない。けれど悪意をもって一華の様子を探っているのが伝わる。

息苦しさと脳に響くノイズも相まって、気が狂いそうだ。黒い靄が一華の顔を覗き込む。同時に、息が止まる程の強い力で頭が押さえつけられた。

やめて……やめてやめて! もうやめて──! ──不意にノイズが止まり、金縛りが解けた。

心臓はまだ激しく動いている。体も汗まみれだが、静まり返る空間は一華の気配のみを残し、いつもの部屋へと戻った。

一華がほっと安堵の息を吐いたとき、耳元で声がした。

『……ドウシテ イチカチャンダケ イキテイルノ……?』

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カーテンの向こう側が、徐々に明らんでゆく。一華はぼうっと、それを見ていた。

あの“声”以降、怪異は起きなかった。けれども、もう一華が眠りに誘われることなく、朝を迎えた。

昨夜囁かれた言葉で金縛りの原因が分かり、一華は学習机に置かれたクマのぬいぐるみに目を向ける。

「……麻衣ちゃん……」

 

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