点滴を打たれながら窓の外を眺めていると、見覚えのある四十代くらいの女性がお見舞いに来た。
葬儀で見た、彼女の母親だった。お見舞いのリンゴを裕翔に渡し、音声アプリで感謝を述べた。
『桜空と過ごしてくれて、ありがとう』
彼女に似たやさしい笑顔で微笑んだ。
そして鞄(かばん)から少し膨らんだ封筒を取り出して裕翔に渡した。
封筒の中にはボイスレコーダーが入っていた。
裕翔は恐(おそる)る恐(おそる)る再生ボタンを押した。
「岡本裕翔くんへ。まず、岡本くんがこの音声を聞いているということは、私はもうこの世にいないってことだね。これ一度言ってみたかったセリフ。冗談はさておき、私は岡本くんに謝らなければならないことがあります。私、癌なんだ。子宮頚がんから全身に転移しちゃって、もう長くないんだって。だからいくら私が喋ろうと関係ないってこと! 黙っていてごめんね。
だから、岡本くんにもう声を出さないでって言われた時、凄く嬉しかったんだ。もちろん、告白された時もすごく嬉しかったよ。これからいっぱいいろんなとこに行って、楽しい思い出作りたかったんだけどね。
でも、もう長くないから、これだけ言わせて。岡本くんに出会えてよかった。屋上でいっぱい話聞いてくれてありがとう。デートしてくれて、私と付き合ってくれてありがとう。大好きだったよ。夢、見つけてね」
音声を聴き終え、すべてを理解した。
学校の屋上で、死ぬのは怖くないか聞いた時、一瞬驚いた表情を見せたこと。将来の夢を聞いてきた時、最後に少し悲しそうな表情を見せたこと。そして彼女が、口を開けて声を発し続けたこと。
彼女は癌と闘っていたからこそ、彼女の父親が「癌に臆することなく」と表現したように、声の上限にも臆することなく、力強く生きていたのだ。
たまに遅刻や早退があっても学校に通い続け、周りには癌のことを一切悟(さと)られることなく、元気に明るく生きていた。
「……強いなぁ」
裕翔は泣きながら呟いた。
そして彼女のように強く生きると誓( ちか)った。